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【ばたおとだめお】第6回 生活保護(1/4)―適正化モデルと人権モデル― [ばたおとだめお]


生活保護についてばたおさんと雑談しました。
適当にしゃべっていたら、2時間も経ってしまったので、4分割してアップします。
4回とも聞いてくれる人は果たしているのか…

ちなみに、私自身は、生活保護で定められている最低生活費未満の収入で暮らしています。
ただし、貯蓄もあったり、ある程度健康で今より労働時間を増やすことも可能なので、生活保護を受給できる状態ではありません。

私自身は、できるだけ、欲望を最小限化し自分の食い扶持ぐらいは稼ぐことで、生活保護を受給しなくても済むようにしたいと考えています。

何故かというと、私のように頑張ればなんとかなる者が受給すると、様々なハンディキャップのために働きたくても働けない、働けてもハンデのために長時間労働をせざるを得ない、働く意欲自体を持つことが困難な人達に支給するための財源を圧迫することになるからです。
「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するという理念は大賛成ですが、国債・地方債合計が1000兆円を超える状況下では、困窮度の深刻な人を優先すべきと思うからです。

共産主義の理念である「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」とは、
皆が節度をもって受け取り、能力に応じて(自分の必要分以上に)働くことで、ハンデのある人達が権利として必要分を受け取る社会のこと。
この理念からして、私の場合は、生活保護を受給しないようにするのは当然のこと。
また、同理念から私自身は、自助>共助>公助という考え方です。

※健康な人とハンデのある人とでは、自助に費やす労力は異なります。
具体的には、
健康な人が6時間で自分の食い扶持を稼ぐことができ
同じことをするのに、ハンデのある人が8時間かかるなら
健康な人は8時間働いて余剰をハンデのある人に融通し、
ハンデのある人は6時間働けばよいということ。
しかも、これが権利というより、習慣化している状態
※労働強度×時間=労働量とするなら、これを平準化することは実質的平等には不可欠だと思う。

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